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浦和地方裁判所 平成9年(ワ)526号 判決 1999年10月12日

原告

永田和彦

被告

後藤三好

主文

一  被告は、原告に対し、金五七五万一四〇六円及びこれに対する平成七年八月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金四六〇八万二七九七円及びこれに対する平成七年八月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が小路から幅員四・五メートルの道路へ出るため左端を左折したところ、後方から走行してきた被告運転の普通乗用自動車に衝突させられたとして、自動車損害賠償保障法三条あるいは民法七〇九条に基づき損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等(証拠の記載がなければ争いのない事実である。)

1  原告は、左記のとおりの交通事故により傷害を負った(以下「本件事故」という。)。

(一) 発生日時 平成七年八月七日午前七時四五分ころ

(二) 発生場所 埼玉県川口市中青木二丁目一九番九号先路上(別紙図面の現場、以下「本件現場」という。)

(三) 加害車両及び運転者 被告運転の普通乗用自動車

(四) 被害者 歩行中の原告

(五) 事故の態様及び傷害内容

本件現場を青木方面(青木中学校方面)より幸町方面(川口駅方面)へ向かって走行していた被告運転の普通乗用車が歩行中の原告に衝突し、原告が転倒して、頭部、胸部、腰部、右足挫傷、頸椎挫傷、右上腕神経叢麻痺の障害を負った(甲二の1ないし6、三)。(なお、右事故の態様及び原因については後記のとおり争いがある。)。

2  被告は、加害車両の運行供用者であり、原告は、右事故による後遺障害として自動車損害賠償保険金一〇五一万円及び治療費の一部を受領した(甲五、一七の1、2、乙一一、被告本人)。

二  原告の主張

1  原告が、出勤のため本件現場近くの自宅(アパート)を出て、小路を通り、幅員四・五メートルの本件現場の道路へ出るため左端を左折したところ、後方から青木中学校方面より川口駅方面へ向かって走行してきた被告運転の普通乗用自動車が原告に衝突し、同人を転倒させた。

2  被告は自動車損害賠償保障法三条に基づく責任があり、また、本件加害車両を運転して人家の密集する本件現場の道路を走行するときは、たえず前方、左右を注視し、人家や小路から道路に出てくる人の有無を確認し、その安全を確認すべき注意義務があるのにこれを怠った過失があるので、民法七〇九条の不法行為責任がある。

3  損害

(一) 治療費関係 一二万四八〇〇円

(二) 休業損害 一八八万八五四六円

(三) 後遺障害による逸夫利益 四三二七万九四五一円

(四) 慰謝料 一一三〇万円

(五) 損害額合計 五六五九万二七九七円

(六) 損益相殺 一〇五一万円

(七) 損益相殺後の損害額 四六〇八万二七九七円

三  被告の主張

1  被告の無過失

原告は、本件事故当日、勤務する会社に遅刻必至であったため、本件現場の道路の左右を確認しないまま小路から「自殺的行為」ともいえる急な飛び出しをしたため、時速一七キロメートル程で走行していた被告車両に衝突したものであり、被告に過失はない。

2  過失相殺

仮に被告に過失があったとしても、原告の過失は大きく、その割合は七割程度である。

四  争点

1  損害額

2  被告の過失の有無及び過失相殺

第三争点に対する判断

一  損害額について

1  治療費関係 一二万四八〇〇円

(一) 原告は、本件事故による傷害の治療のため、<1>埼玉厚生病院に平成七年八月七日から同年一一月一〇日まで九六日間入院し、同月一一日から平成八年六月九日まで通院し、<2>九州中央病院に平成八年六月一〇日から同年七月四日まで通院した(甲二の1ないし6、三、四)。

(二) 治療費は、自賠責保険及び労災保険で全額支払済みであり、入院中の諸経費は一日一三〇〇円として九六日分合計一二万四八〇〇円となる。

2  休業損害 一八八万八五四六円

証拠(甲六、七)によると、次のとおり、一八八万八五四六円の休業損害を認めることができる。

(一) 原告は、本件事故当時、東京キャンティーン株式会社に勤務していたが、本件事故当日から休業し、後記後遺障害のため、平成八年八月三一日退職した。

(二) 平成七年八月七日から平成八年五月末日まで(二九九日間)の休業損害

原告は、平成八年五月末日まで、勤務先会社から、基本給月額一五万八〇〇〇円、住宅手当月額八〇〇〇円、冬期賞与一五万八〇〇〇円の支給を受けたが、休業したため、コミッション、時間外及び休日出勤手当の支給は受けられなかった。原告と同じ職種の社員の右コミッション等の一日平均の支給額は二九二六円程であり、二九九日分で合計八七万四八七四円となり、これが原告の被った損害である。

(三) 平成八年六月一日から同年八月末日まで(九二日間)

この期間は、勤務先からの基本給等の支給は全くなかったので、その休業損害は次のとおりである。

<1> 基本給相当分は、月額一五万八〇〇〇円の三か月分四七万四〇〇〇円

<2> 住宅手当相当分は、月額八〇〇〇円の三か月分二万四〇〇〇円。

<3> 夏期賞与相当分は、二四万六四八〇円

<4> コミッション、時間外及び休日出勤手当相当分は、一日二九二六円で九二日分二六万九一九二円

以上合計一〇一万三六七二円

3  後遺障害による逸失利益 三三三四万七八一四円

(一) 原告は、平成八年七月二五日、九州大学医学部附属病院整形外科において後遺障害「右腕神経叢麻痺」、症状固定日「平成八年七月五日」の診断を受け、同年一〇月二四日自賠責保険福岡査定事務所から自賠責保険後遺障害七級七号(一手の5の手指又はおや指及びひとさし指を含み4の手指の用を廃したもの)の認定を受けた(甲四、五)。

(二) 原告の一年間の得べかりし収入

前記勤務先から支給され、または支給されるべき基本給は、月額一五万八〇〇〇円であるから、一年間で一八九万六〇〇〇円である。

右勤務先の冬季賞与は一五万八〇〇〇円、夏期賞与は二四万六四八〇円で、合計四〇万四四八〇円である。

同コミッション、時間外及び休日出勤手当は、年間で一〇七万一〇一三円である(甲六)。

以上合計三三七万一四九三円

(三) よって、本件後遺障害による逸失利益は、年間収入三三七万一四九三円に、労働能力喪失期間四四年(原告の年齢二三歳)のライプニッツ係数一七・六六二七及び労働能力喪失率五六パーセントを乗じた三三三四万七八一四円となる。

4  入通院慰謝料 一八〇万円

入院期間及び通院実日数を考慮すると、入通院慰謝料は一八〇万円と認めるのが相当である。

5  後遺障害による慰謝料 九三〇万円

後遺障害(後遺障害等級七級七号)による慰謝料は、九三〇万円と認めるのが相当である。

6  以上損害額合計は、四六四六万一一六〇円となる。

二  過失相殺について

1  前記認定の事実及び証拠(乙一ないし三、一一ないし一三、原告本人、被告本人)によると、次の事実を認めることができる。

原告は、本件事故当時、埼玉県川口市中青木二丁目一九番一五号所在の自宅(アパート)に居住し、東京都荒川区南千住所在の東京キャンティーン株式会社城東営業所に通勤していた。原告は、いつもは七時半ころ自宅を出て、右会社の始業時間である八時三〇分に出社していたが、本件事故当日は、いつもより一五分程遅れ、遅刻のおそれがあったため、アパートの階段を急ぎ足で駆け下り、別紙図面の小路を早足で進み、左折して幸町(川口駅)方面の川口税務署入口のバス停に向かおうとして左右道路の確認をしないまま、本件道路に出た。

被告は、出勤のため、加害車両を運転して、本件事故現場を青木方面から幸町方面に向けて時速約一五から一七キロメートル程で走行中、右の小路から道路に出てきた原告を約五・五メートル程手前で発見し、直ちにブレーキをかけたが間に合わず、道路の端から約一・六メートル程道路中央寄りで、関口方の塀の角から幸町方面に約〇・六から〇・七メートルあたりの地点で、加害車両の左前部のタイヤの付近を原告に衝突させた。

2  被告は、原告が、川口税務署入口のバス停より近い青木会館入口のバス停に行くために、別紙図面の駐車場に向けて道路を突っ切って横断しようとして飛び出したと主張する。

原告は、通勤のため川口駅までバスを利用しているところ、いつも同駅に近い川口税務署入口のバス停から乗車しており、青木会館入口のバス停から乗車すると自宅からはより近いけれども川口駅には遠くなるし、川口税務署入口のバス停までに二つの信号があって、車の渋滞等を考慮すると、結果的には川口税務署入口のバス停を利用する方が便利であると判断していたことが認められる(乙一〇、被告本人)。してみると、本件当日、原告が、右道路を横断するために飛び出したとの右主張は理由がない。

3  原告本人は、衝突場所は、道路の端から一・二メートル道路側で、小路を左折してから一・五から二メートル程の地点であると供述する。

しかしながら、本件事故現場の道路は歩車道の区別のない道路で、別紙図面の高さ一・六メートルのブロック塀の外側には当日ゴミが出されており、これが側溝を越えて道路に数十センチメートルはみ出しており、また、関口方塀の外の側溝より道路側に電柱とこれを支える黄色の覆いのあるワイヤーが設置されている(乙一、三)ので、原告も道路の端より幾分内側を通行しなければならないし、加害車両もセンターラインに近い場所を走行することになり、衝突地点が道路の端から一・六メートルとする被告本人の供述に不合理な点はない。また、原告のアパートの大家である関口栄一は、本件事故直後原告が倒れているのを目撃しているが、その地点は、同人宅の塀の角から幸町の方向に六〇センチメートルから七〇センチメートルの地点であると述べており(乙二、乙一三)、原告本人の供述は採用できない。

4  本件現場の道路は、アスファルト舗装で、平坦で乾燥しており、見通しは良く、スリップ痕は存在しない(乙三)。

ところで、加害車両のスピードについてであるが、被告本人は、時速一五から一七キロメートルで走行していたと供述し、甲二三号証の被告作成の事故発生状況報告書では時速二〇キロメートルとされている。

本件現場のすぐ手前の交差点に停止の標識があり、更に進行方向の別紙図面の関口宅の隣の駐車場の更に隣の民家の前に県道根岸本町線に出る手前に停止の標識があり(甲二二の1ないし3)、さほどスピードを出すべき場所ではないので、被告の供述に大きな誤りはないと解される。

車は、右の道路状況で、時速一五キロメートルで走行していたとすれば、空走距離(秒速に〇・八を乗じた距離)は三・三三メートル、制動距離は一・二四メートル合計四・五七メートルで停車し、時速二〇キロメートルで走行していたとすれば、空走距離は四・四四メートル、制動距離は二・二一メートル合計六・六五メートルで停止する。時速一七キロメートルとするとその中間くらいになる(「新訂版 交通事故損害賠償必携(資料編)」、新日本法規一六六ページ資料五―四九参照)。

厳密に当時のスピードを確定することは困難であるが、右のスピードが一五から一七キロメートル程度であれば被告が原告を発見して急ブレーキをかければギリギリで本件事故を回避することは可能であり、被告に全く過失が無いということはできない。しかしこの場合でも、道路の右方向の安全を確認しないまま道路の車両の走行する部分に早足で侵入した原告の過失はより大きいものとといわざるを得ない。

5  以上認定の諸事情を総合考慮すると、本件事故の過失割合は、原告が六・五割、被告が三・五割と認めるのが相当である。

してみると、原告が被告に対して請求しうる金額は一六二六万一四〇六円となる。

三  損益相殺について

原告は、後遺障害保険として一〇五一万円を受領しているので、これを控除すると、被告が原告に賠償すべき損害額は五七五万一四〇六円である。

四  よって、右の限度で原告の請求は理由があるので、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤康)

交通事故現場見取図

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